第3回:「優しさ」と「強さ」のせめぎ合い—企業文化の分裂がもたらす課題
ーシリーズ「企業文化のジレンマ—優しさと強さのはざまで生産性と創造性を高めるために必要なこと」ー
第2回:「強さのインフラ」の遺産—高度成長期の成功モデルが若手に与える影響
日本の企業文化には、「優しさのインフラ」と「強さのインフラ」という、相反する二つの価値観が共存しています。
一方では、現代の価値観として「心理的安全性」や「共感的なコミュニケーション」が重視され、メンタルケアやワークライフバランスの尊重が求められるようになりました。多様性を受け入れ、個々の社員が安心して意見を言える環境が理想とされます。
しかし、もう一方では、長年の企業文化として「厳しさ」「率直な物言い」「耐えること」が強く根付いており、特に経営層やミドルマネジメント層には、高度成長期に培われた「強さのインフラ」の影響が色濃く残っています。この二重構造こそが、日本の企業文化の最大のジレンマであり、変革を求める組織が直面している大きな課題の一つです。
多くの企業は、グローバル競争の中で「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」や「エンゲージメントの向上」を掲げ、若手社員の意見を尊重し、ストレスのない働きやすい環境を整えようとしています。実際、私のクライアント企業から、これらをテーマにした研修の要望があり、企業が積極的に取り組んでいる姿勢がうかがえます。「優しさのインフラ」は、こうした流れとともに企業文化に組み込まれつつあります。
しかし、これらを実現できている企業はどれほどあるでしょうか。 表面的には「心理的安全性」や「メンタルケア」が推奨されていても、実際の職場では「空気を読むこと」が依然として求められ、「率直にものを言う文化」が生き残っているケースが少なくありません。
ミドルマネジメント層の多くは、かつての「強さのインフラ」の中でキャリアを築いてきた世代です。彼らにとって、「優しさのインフラ」は時に違和感を覚えるものでもあり、積極的に受け入れられないこともあります。その結果、企業文化の中に「建前」と「本音」の二重構造が生まれることになります。
例えば、若手社員には「心理的安全性があるから自由に発言してほしい」と伝えつつ、実際には「言い方をもっと考えろ」「組織の論理を理解して発言しろ」と指導することがあります。また、「働き方改革」を進める一方で、現場では「結局、最後は気合と根性」といった空気が残っている企業も多いのが実情ではないでしょうか。
このような環境において、特に若手社員は、どちらに合わせるべきか戸惑うことになります。心理的安全性を信じて率直に意見を言っても、「生意気だ」「組織を理解していない」と評価されることも少なくありません。一方で、慎重になりすぎると「積極性がない」「もっと自分の意見を出せ」と言われてしまいます。この矛盾が、現代の日本企業における「しんどさ」の根本原因の一つといえるでしょう。
結果として、若手社員の適応戦略は二極化しているように見えます。
一つ目は、組織が掲げる新しい価値観に忠実に従い、共感力や心理的安全性を重視して行動するタイプです。しかし、現場の「強さのインフラ」とのギャップに苦しみむことも少なくありません。
二つ目は、従来の企業文化を受け入れ、厳しい言葉にも耐え、組織論理に適応するタイプです。しかし、それでは上層部からの評価は得られるものの、同世代や後輩からは「パワハラ気質」と見られるリスクがあります。
この二極化は、企業内での世代間の溝をさらに広げる要因にもなっているでしょう。
それでは、日本企業はどのようにしてこの問題を乗り越えるべきでしょうか。一つの答えは、「どちらか一方に偏るのではなく、両方を共存させる仕組みを作ること」です。
厳しい指導や率直なフィードバックが必要な場面は確かにあります。しかし、それを感情的ではなく、建設的な形で伝える文化へと変えることが重要です。「鍛える」ための厳しさではなく、「成長を促す」ための厳しさに変えることが求められます。
単なる「心理的安全性の推奨」ではなく、具体的な仕組みを導入することが重要です。たとえば、意見を言いやすい場を設け、心理的バリアを取り除く工夫をすることが挙げられます。実際に機能する仕組みを整えることが求められます。
どちらか一方の文化に完全に振り切るのではなく、チームごとに適切なバランスをとる視点が重要です。たとえば、イノベーションを求めるチームでは「優しさのインフラ」を強化し、現場で厳しい判断が必要なチームでは「強さのインフラ」の要素を取り入れるなど、柔軟な対応が求められます。
日本企業は今、大きな転換点に立っています。過去の文化を否定するのではなく、それを現代に適応させることが重要です。「適切な強さ」と「実効性のある優しさ」をバランスよく取り入れ、それぞれの良さを活かした組織文化を作ることが、これからの企業に求められているのではないでしょうか。
次回は、「第4回:『強さ』と『優しさ』のバランスを見つける——複雑で変化の激しい時代を生き抜くために」というテーマでさらに掘り下げていきます。
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