仕事で、思いがけないことを言われた。その瞬間、腹が立った。気づけば相手の言葉を何度も思い返し、「どうしてあんな言い方をするんだ」「自分を軽く見ているのではないか」と考え続けている。

あるいは、大事な仕事を前にして不安になり、「失敗したらどうしよう」「うまくできないかもしれない」と考え始める。そのうち、まだ何も起きていないのに、ますます不安になっていく。

私たちは、こうした状態を「感情に飲み込まれる」「感情に振り回される」と表現することがあります。では、そのとき私たちの中では、実際に何が起きているのでしょうか。

マインドフルネスは、感情をなくすための方法ではありません。怒りや不安、悲しみを感じなくなることを目指すものでもありません。むしろ、感情が生じているときに、自分の中で何が起きているのかに気づくことが一つの入口になります。

感情は、それだけで起きているわけではない

たとえば、会議で自分の提案について、「それ、本当にやる意味ありますか?」と言われ、その瞬間、腹が立ったとします。

しかし、自分の中で起きていることを少し丁寧に見てみると、「怒り」という一つのものだけがあるわけではありません。

胸やお腹に力が入る。顔が熱くなる。「そんな言い方をしなくてもいいのに」と考える。「自分の提案を否定された」と感じる。言い返したくなる。相手の過去の言動まで思い出す。こうしたことが、短い時間の中で起きることがあります。

私たちは、それらをまとめて「腹が立った」と認識しています。

POINT

感情が生じているときには、感情だけでなく、身体感覚、思考、行動したくなる衝動など、さまざまなことが同時に起きています。

感情
怒り
⇄
思考
「否定された」
⇄
身体感覚
顔が熱い・力が入る
↓
行動したくなる衝動
言い返したくなる
↓
反応

※感情・思考・身体感覚は、どれか一つが原因になるとは限らず、互いに影響し合います。順番も一方向とは限りません。

「腹が立っている」と「相手が悪い」は同じではない

怒っているとき、「相手の言い方が悪い」「自分は正しい」と感じることがあります。不安なときには、「きっと失敗する」と感じることがあります。落ち込んでいるときには、「自分には能力がない」と思うこともあります。

このとき難しいのは、自分が感じていることと、自分が考えていることが、とても近く感じられることです。

「私は腹が立っている」ということと、「相手は自分を軽く扱っている」ということは、同じではありません。前者は、今の自分に起きている経験です。後者は、相手の意図や状況についての自分の解釈を含んでいます。

もちろん、その解釈が正しいこともあります。問題は、正しいか間違っているかをすぐに決めることではありません。

まず、「自分は今、腹が立っている」「そして、『軽く扱われた』と受け取っている」と、自分の中で起きていることを少し分けて見ることができます。

感情に「飲み込まれる」とは、どういうこと?

「感情に飲み込まれる」という表現は、心理学上の一つの厳密な専門用語ではありません。日常的には、感情が強くなり、その感情やそこから生じる思考に巻き込まれて、他の見方をしにくくなっている状態を表す言葉として使われます。

たとえば、次のような流れです。

こうして、最初に生じた感情と、その後に浮かんだ思考が互いに影響しながら続いていくことがあります。

気づけば、「私は今、不安を感じている」というより、「きっと何か問題が起きている」という世界の中に入っている。このような状態を、ここでは「感情に飲み込まれている」と考えてみます。

感情があることと、感情に飲み込まれること

感情がある

「今、腹が立っている」

感情・思考に巻き込まれている

「腹が立つ」
↓
「あの人は自分を軽く見ている」
↓
「いつもそうだ」
↓
すぐに言い返す

気づく

「今、怒りがある」「こう考えている」「言い返したくなっている」

※気づいたからといって、感情が消えるとは限りません。感情があることと、その感情から反応することを、分けて見るための手がかりです。

感情と思考は、互いに影響する

感情と思考は、きれいに切り離せるものではありません。

不安になると、悪い結果を想像する。悪い結果を何度も想像すると、さらに不安になる。腹が立つと、相手の嫌だった行動を思い出す。それを考えているうちに、さらに怒りが強くなる。このように、感情が思考に影響し、思考がさらに感情に影響することがあります。

だからこそ、「考え方を変えればいい」「気にしなければいい」と言われても、簡単にはできないことがあります。

また、嫌な出来事を何度も繰り返し考える「反芻」が続くこともあります。反芻思考については、反芻思考とは?考えすぎてしまう仕組みとマインドフルネスで詳しく扱っています。

マインドフルネスでは、まず「気づく」

では、マインドフルネスでは感情にどう向き合うのでしょうか。基本になるのは、今、自分に何が起きているのかに気づくことです。

たとえば、「怒ってはいけない」と怒りを消そうとするのではなく、「今、怒りがある」と気づく。「不安にならないようにしよう」とするのではなく、「今、不安を感じている」と気づく。

さらに、「肩に力が入っている」「胸のあたりが落ち着かない」「相手を責める考えが浮かんでいる」「すぐに言い返したくなっている」と、そのときの経験を見ていきます。

ここで大切なのは、気づいたら感情が消える、ということではないということです。

怒りに気づいても、怒りは残っているかもしれません。不安に気づいても、不安なままかもしれません。マインドフルネスは、感情をすぐに別の感情へ変えるためだけの方法ではありません。

「私は怒っている」から、「怒りがある」へ

感情が強いとき、「私は怒っている」「私は不安だ」という感覚になります。もちろん、この言い方が間違っているわけではありません。

ただ、マインドフルネスでは、自分の経験を少し違う角度から見ることもできます。「今、怒りがある」「不安が生じている」「自分を責める考えが浮かんでいる」。このように見ると、「自分」と「今起きている経験」が、完全に同じものではないことに気づく場合があります。

怒りは、今の自分に起きている経験です。しかし、自分のすべてが怒りになったわけではありません。不安も同じです。不安があることと、自分そのものが「不安な人間」であることは同じではありません。

こうして、思考や感情を自分そのものとしてではなく、今起きている経験として見ることは、デセンタリングやメタ認知と呼ばれる考え方とも関係します。詳しくは、メタ認知とは?マインドフルネスとの関係をわかりやすく解説で扱っています。

感情を「観察する」と、冷たい人になる?

「感情を観察する」と聞くと、感情を切り離す、感情を感じないようにする、冷静になろうとする、というイメージを持つかもしれません。

しかし、マインドフルネスでいう気づきは、感情を遠くへ追いやることではありません。悲しいなら、悲しさがある。腹が立っているなら、怒りがある。不安なら、不安がある。それをなかったことにせず、今の経験として気づいていきます。

つまり、感情から離れるというより、感情の中に完全に埋もれている状態から、感情があることにも気づいている状態へ移ると考える方が近いかもしれません。

感情を感じることと、感情に巻き込まれることは同じではありません。

「感情をコントロールする」とは少し違う

マインドフルネスと感情について調べると、「感情コントロール」という言葉が使われることがあります。ただし、この言葉には少し注意が必要です。コントロールという言葉から、怒りを消す、不安を抑える、悲しみをなくす、というイメージを持つことがあるからです。

心理学では「感情調整(emotion regulation)」という概念が研究されています。これは単に感情を抑えることだけを意味するものではなく、どのような感情を、いつ、どのように経験し、表現するのかに関わるさまざまなプロセスを含みます。

マインドフルネスと感情調整の関係についても研究が行われています。ただし、「マインドフルネスをすれば、感情を自由にコントロールできる」という意味ではありません。

研究では、マインドフルネスと感情調整について何が分かっている?

マインドフルネスと感情調整については、多くの研究が行われています。

研究から:感情調整の方法としてのマインドフルネス

Raughらによる近年のシステマティックレビューとメタ分析(2025年)では、マインドフルネスを感情調整の方法として用いた研究110件、8,105人のデータが分析されました。全体として、マインドフルネスに基づく方法には小さな効果が報告されています。一方で、研究間の違いは大きく、小規模研究や出版バイアスの影響も検討されています。また、「気づく(モニタリング)」の要素だけを用いた方法は、他の方法に比べて効果が小さかったことも報告されています。

研究から:実験室で感情を誘発した研究

Zangriらによる別のメタ分析(2022年)では、43件の研究をもとに、実験室で感情を誘発した状況におけるマインドフルネスの効果が検討されました。効果は小さく、外れ値を除いた分析では統計的に明確ではなくなりました。研究間のばらつきも大きいことが報告されています。

こうした結果からも、「マインドフルネスには感情をコントロールする効果がある」と一括りにするのは適切ではありません。

研究では、どのようなマインドフルネスの方法を使ったのか、どのような感情を扱ったのか、どのような対象者だったのか、何を感情調整の指標としたのかによって結果が異なります。

POINT

マインドフルネスと感情調整の関係について研究は蓄積されていますが、「マインドフルネスをすれば感情に振り回されなくなる」と単純に言えるわけではありません。

気づくことで、「反応する前」を見る

では、感情に気づくことには、どのような意味があるのでしょうか。

たとえば、会議で自分の意見を否定されたとします。腹が立つ。言い返したくなる。ここまでの反応は、とても速く起きるかもしれません。

そのとき、「今、腹が立った」「言い返したくなっている」と気づくことができれば、感情そのものを消せなくても、その後どうするかを見る余地が生まれることがあります。

そのまま言い返す。少し待つ。相手が何を言おうとしているのか聞く。分からない部分を質問する。いったん持ち帰る。どの行動が適切かは、状況によって異なります。マインドフルネスが正しい行動を自動的に教えてくれるわけでもありません。

大切なのは、感情が生じたことと、その感情からどのように行動するかを、まったく同じものにしないことです。

感情に気づくことは、感情を否定しないことでもある

感情について考えるとき、「怒らない方がいい」「不安にならない方がいい」「落ち込まない方がいい」と、感情そのものを問題にしたくなることがあります。

しかし、感情には、その状況で自分に何かが起きていることを知らせる側面もあります。怒りが生じている。不安がある。悲しい。それ自体を、すぐに「悪いもの」と決める必要はありません。

一方で、「感情は大切だから、そのまま行動すればいい」ということでもありません。怒っていることに気づくことと、怒りのまま相手を攻撃することは別です。不安があることに気づくことと、不安が伝えてくる予測をすべて事実として受け取ることも別です。

感情を否定しないことと、感情に従うことは同じではありません。

仕事では、感情をなくすより「何が起きているか」を見る

仕事では、感情を表に出さないことが求められる場面もあります。そのため、「仕事に感情を持ち込まない」という表現が使われることがあります。

しかし、感情が生じないようにすることは簡単ではありません。上司の言葉に腹が立つ。部下の報告に焦る。重要なプレゼンテーションを前に不安になる。顧客から厳しい指摘を受けて落ち込む。こうしたことは起こります。職場でこうした負荷が生まれる背景については、職場ストレスはなぜ生まれる?個人と組織の両面から考えるでも整理しています。

そこで、「感情を持たないようにする」のではなく、「今、自分には何が起きているのか」を見る。そして、「この状態で、自分は何をしようとしているのか」まで見る。

この視点は、職場でのコミュニケーションや意思決定を考えるときにもつながっていきます。

感情に気づく短い実践

強い感情が生じたとき、すぐに詳しく分析する必要はありません。まず、短く確認してみます。

1.今、どんな感情がある?

「怒り」「不安」「焦り」「悲しさ」。正確な名前が分からなければ、「嫌な感じがする」「落ち着かない」でも構いません。

2.身体には何が起きている?

肩に力が入っている。胸が苦しい。顔が熱い。呼吸が浅い。身体の感覚にも注意を向けてみます。

3.どんな考えが浮かんでいる?

「自分を軽く見ている」「失敗するかもしれない」「どうして自分ばかり」。考えを正しい・間違っていると判断する前に、「今、こう考えている」と確認します。

4.何をしたくなっている?

言い返したい。逃げたい。メールをすぐ送りたい。誰かに愚痴を言いたい。行動する前に、「今、自分はこうしたくなっている」と気づいてみます。

これだけで感情が消えるとは限りません。目的は、感情をなくすことではなく、今の自分に何が起きているのかを見ることです。

呼吸や身体に注意を向けるマインドフルネスの基本的な実践については、マインドフルネスのやり方|初心者のための実践ガイドで紹介しています。

まとめ|感情があることと、感情に飲み込まれることは同じではない

怒り、不安、悲しみ、焦り。私たちには、さまざまな感情が生じます。マインドフルネスは、それらをなくすための方法ではありません。

感情が生じたとき、身体には何が起きているのか。どんな思考が浮かんでいるのか。何をしたくなっているのか。そこに気づいていきます。感情に気づいても、その感情は残っているかもしれません。

それでも、「腹が立っている」ことと「相手は間違っている」こと。「不安を感じている」ことと「悪いことが起きる」こと。「言い返したい」ことと「実際に言い返す」こと。それぞれを、少し分けて見ることができます。

感情を感じることと、感情に従って反応することは同じではありません。

今、自分の中で何が起きているのかに気づく。マインドフルネスは、感情をなくすのではなく、感情との関係を見直す一つの入口になります。