「マインドフルネス」という言葉を聞いたことはあっても、「どういう意味ですか?」と聞かれると、説明するのは意外と難しいかもしれません。
よく使われるのが、「今ここに集中する」「今この瞬間を大切にする」といった説明です。どちらもマインドフルネスの一面を表していますが、それだけでは少し分かりにくいところがあります。
たとえば、仕事中に明日の予定を考えたら、マインドフルではないのでしょうか。過去の出来事を思い出したら、「今ここ」から離れてしまったのでしょうか。
マインドフルネスを理解するときに大切なのは、何を考えているかだけではなく、今、自分に何が起きているのかに気づいているかという視点です。
この記事では、マインドフルネスとは?意味・効果・やり方をわかりやすく解説で全体像を紹介しているテーマのうち、「マインドフルネスという言葉は、そもそもどういう意味なのか」に焦点を絞って解説します。読み進めるうえでの手がかりとして、この記事では次の三つの視点からマインドフルネスを見ていきます。
※この図は、この記事で理解を進めるための視点を示したものです。マインドフルネスの「正式な構成要素」を示すものではありません。
マインドフルネスという言葉には、さまざまな定義がある
マインドフルネスは、心理学、医療、教育、ビジネスなど、さまざまな領域で使われています。そのため、「これだけが唯一の正しい定義」と言えるものが一つに定まっているわけではありません。研究の中でも、マインドフルネスという言葉が何を指すのかについて、さまざまな定義や捉え方があります。
代表的なものの一つが、Bishopらが2004年に提案した操作的定義です。そこでは、マインドフルネスを大きく二つの要素から捉えています。
一つは、現在の経験に注意を向け続けられるよう、注意を調整すること。もう一つは、その瞬間の経験に対して、好奇心や開かれた態度、受容を伴って関わることです。
つまり、単に「今に集中する」だけではなく、何に注意を向けるのか、そして、起きていることにどのように関わるのかという二つの側面があります。
「今ここ」とは、何も考えないことではない
マインドフルネスの説明では、「今ここ」という言葉がよく使われます。しかし、「今ここにいる」ということを、次のような意味で捉えると、少し窮屈になります。
- 過去を考えない
- 未来を考えない
- 目の前のことだけに集中する
私たちは日常の中で、過去を思い出します。未来について考えます。仕事の計画を立て、昨日の出来事を振り返ります。それ自体が問題なのではありません。
たとえば、明日の会議について考えているとします。そのとき、「あ、今、明日の会議のことを考えている」と気づくことができます。考えている内容は未来のことでも、それを考えていることに気づくのは、今です。
「今、過去を思い出している」と気づく
「今、未来を心配している」と気づく
このように考えると、「今ここ」は、現在以外のことを考えないという意味ではなくなります。
「今」とはいつのことなのか、「ここ」は場所だけを指すのかといった点については、マインドフルネスの「今ここ」とは?現在に気づくことの意味でさらに詳しく扱っています。
マインドフルネスでいう「気づく」とは?
では、何に気づくのでしょうか。
たとえば、誰かから少し強い口調で指摘されたとします。その瞬間に、「なんでそんな言い方をされなければならないんだ」と思うかもしれません。胸やお腹が緊張するかもしれません。腹が立ち、すぐに言い返したくなるかもしれません。
普段は、こうしたことがほとんど同時に起きるため、そのまま反応してしまうこともあります。
マインドフルネスでは、「今、腹が立っている」「身体が緊張している」「言い返したいと思っている」と、今起きていることに気づいていきます。
出来事だけを見るのではなく、その出来事を受けて、自分の中で何が起きているのかを見る。これも、マインドフルネスでいう「気づき」の一つです。
気づく対象は、思考だけではない
自分の中で起きていることというと、考えごとを思い浮かべるかもしれません。しかし、気づく対象は思考だけではありません。たとえば、次のようなさまざまなものがあります。
- 呼吸
- 身体の感覚
- 音
- 見えているもの
- 感情
- 思考
- 衝動
呼吸瞑想では、呼吸に伴う身体感覚へ注意を向けます。歩行瞑想では、歩いているときの身体の感覚へ注意を向けます。日常生活では、誰かと話しているときに、自分の感情や身体の変化に気づくこともできます。
つまり、マインドフルネスは「頭の中を見ること」だけではありません。今、経験していることに注意を向け、そこで何が起きているのかに気づくことが基本になります。
「注意を向ける」と「気づく」は、少し違う
ここでもう一つ、区別しておきたいことがあります。何かに注意を向けることと、そこで起きていることに気づくことです。
たとえば、呼吸瞑想では呼吸へ注意を向けます。ところが、しばらくすると仕事のことを考えているかもしれません。その間、注意は呼吸から離れています。そして、ある瞬間に、「あ、仕事のことを考えていた」と気づきます。
このとき、呼吸へ注意を向けること、注意がそれること、それていたことに気づくこと、もう一度呼吸へ戻ることが起きています。
マインドフルネスは、注意を一つの場所に固定し続けることではありません。注意がどこに向いているのかに気づくことも、実践の大切な一部です。
瞑想中に注意がそれることについては、瞑想中に雑念が浮かぶのはなぜ?注意がそれることとマインドフルネスで詳しく扱っています。
「判断しない」とは、判断力をなくすことではない
マインドフルネスでは、「判断しない」「評価しない」と説明されることがあります。これも誤解されやすい表現です。
私たちは日常生活で、さまざまな判断をする必要があります。この仕事を優先する。この提案には問題がある。この行動は危険だ。この期限には間に合わない。こうした判断までしなくなることが、マインドフルネスではありません。
ここで注目したいのは、経験した瞬間に起きる評価や判断にも気づくことです。
たとえば、会議で誰かが意見を言った瞬間に、「それは無理だ」「またこの人か」「この人は分かっていない」と思うことがあります。その判断が正しいか、間違っているかをすぐに決める前に、「今、自分はそう判断した」と気づく。そうすると、自分の判断そのものも、今起きている経験の一部として見ることができます。
「受け入れる」とは、我慢することでも、賛成することでもない
マインドフルネスでは、「受容」という言葉も使われます。これも、「何でも受け入れなければならない」と理解すると、本来の意味から離れてしまいます。
たとえば、仕事で理不尽な要求を受けたとします。そのとき、「マインドフルネスだから受け入れよう」と我慢する必要はありません。問題のある状況を肯定することでもありません。
ここでいう受容は、まず、今起きている経験を、起きていないことにしないという方向から考えると分かりやすくなります。「嫌だと感じている」「怖い」「腹が立っている」「これはおかしいと思っている」。そうした経験が今あることを認めたうえで、どう行動するかを考えることができます。
自分の経験を受け入れることと、置かれている状況を受け入れることは同じではありません。
この区別は、仕事や組織の中でマインドフルネスを考えるときにも重要です。働く場面で「気づくこと」が持つ意味については、仕事とマインドフルネスで扱っています。
マインドフルネスは、「落ち着いている状態」のことでもない
マインドフルネスを、「心が穏やかな状態」「リラックスしている状態」とイメージすることもあります。
実践の結果として、落ち着きを感じることはあるかもしれません。しかし、落ち着いていることそのものをマインドフルネスと考えると、怒っているとき、不安なとき、焦っているときはマインドフルではないことになります。
大切なのは、感情があるかどうかではありません。怒っているときに、「今、怒っている」と気づくこともできます。焦っているときに、「今、かなり急いでいる」と気づくこともできます。不安を感じているときに、「今、不安を感じている」と気づくこともできます。
マインドフルネスは、特定の気分になることではなく、今起きている経験に気づいている状態のことです。
「気づく」と、反応するまでに少し余地が生まれる
誰かの言葉に腹が立ったとき、すぐに言い返す。不安になったとき、すぐに最悪の状況を想像する。仕事がうまくいかなかったとき、「自分はだめだ」と考える。私たちは、起きた出来事に対してさまざまな反応をします。その反応そのものが悪いわけではありません。
ただ、「今、腹が立っている」「最悪の状況を想像している」「自分を責めている」と気づくことができると、経験と反応が完全に一体化している状態とは少し違ってきます。
すぐに反応するのか。少し待つのか。別の見方をするのか。誰かに相談するのか。気づいたからといって、必ず適切な行動を選べるわけではありません。
それでも、自分に何が起きているのかを知らないまま反応することと、気づいたうえで行動することには違いがあります。
自分の思考を思考として捉える働きについては、メタ認知とは?マインドフルネスとの関係をわかりやすく解説で詳しく扱っています。
心理学では、マインドフルネスをどのように捉えているのか
現代の心理学研究では、マインドフルネスを一つの単純な能力としてだけ捉えているわけではありません。
Bishopらは、現在の経験に注意を保つための「注意の自己調整」と、経験に対する好奇心、開かれた態度、受容などを含む「経験への方向づけ」という二つの構成要素から、マインドフルネスの操作的定義を提案しました。
また、Hölzelらは、マインドフルネス瞑想に関わる心理的な働きとして、次のような複数の要素を整理しています。
- 注意の調整
- 身体への気づき
- 感情調整
- 自己に対する見方の変化
これはマインドフルネスの「正式な構成要素」を定めたものではなく、瞑想がどのように働くのかを考えるための枠組みとして提案されたものです。同時に、「マインドフルネスとは脳の○○を働かせること」といった一つの仕組みだけで説明できるものではないことも示しています。
一方で、研究者の間でもマインドフルネスの定義や測定方法には違いがあります。Van Damらは、マインドフルネスという言葉が、注意や気づきに関わる心理的な働き、瞑想実践、個人の特性など、異なる意味で使われていることを指摘しています。
そのため、研究について読むときには、「この研究では、何をマインドフルネスと呼んでいるのか」を見ることも重要です。心理学・脳科学の研究からマインドフルネスを理解する視点については、マインドフルネスを脳科学・心理学から理解するで整理しています。
マインドフルネスと瞑想は同じもの?
マインドフルネスと瞑想は、日常では同じ意味のように使われることがあります。しかし、まったく同じものとして考えると分かりにくくなります。
瞑想は、マインドフルネスを実践する方法の一つです。たとえば、呼吸に注意を向ける呼吸瞑想では、呼吸に注意を向ける、注意がそれる、それたことに気づく、もう一度戻る、ということを繰り返します。具体的な進め方は、呼吸瞑想のやり方|呼吸に注意を向けるマインドフルネスの基本で紹介しています。
一方、マインドフルネスは、座って瞑想している時間だけに限られません。歩いているとき、食事をしているとき、仕事をしているとき、人と話しているときにも、そのとき自分や周囲で何が起きているのかに注意を向けることができます。
マインドフルネスと瞑想の違いについては、マインドフルネスと瞑想の違いとは?それぞれの意味と関係をわかりやすく解説で詳しく扱っています。
日常の中にも、マインドフルネスはある
マインドフルネスというと、静かな場所で目を閉じて座っている姿を想像するかもしれません。しかし、日常の中でも、自分が今経験していることに気づく場面はあります。
たとえば、仕事中にメールを書いているとします。気づけば別のことを考えながら、何度も同じ文章を読み返している。そこで、「今、注意が別のことへ向いていた」と気づく。
会議で誰かの発言を聞いているとき、「それは違う」と心の中ですぐに反応している自分に気づく。忙しいとき、肩に力が入り、呼吸が浅くなっていることに気づく。
こうした「気づく」という瞬間も、マインドフルネスを理解する手がかりになります。
マインドフルネスは、何のためにするのか
ここまで読むと、「では、気づくことで何が変わるのか」と思うかもしれません。
マインドフルネスについては、ストレス、不安・抑うつ、注意・認知、ウェルビーイングなど、さまざまな領域で研究が行われています。ただし、すべての人に同じ効果が起きるわけではなく、研究領域や介入方法によって結果も異なります。そのため、「マインドフルネスをすれば○○になる」と単純に説明することはできません。
効果については、マインドフルネスにはどんな効果がある?研究から分かっていることで、研究知見とその限界を含めて詳しく整理しています。
この記事でまず押さえておきたいのは、効果の前にある基本的なところです。今、自分は何を経験しているのか。そこに注意を向け、気づくこと。それが、マインドフルネスを理解する一つの出発点になります。
まとめ|マインドフルネスは、「今起きていることに気づく」ことから始まる
マインドフルネスには、さまざまな定義があります。そのため、一つの日本語に置き換えるだけでは、意味を十分に表すことはできません。
ただ、現代の心理学やマインドフルネス研究で繰り返し扱われている要素を見ていくと、次のような特徴が見えてきます。
- 現在の経験へ注意を向けること
- 思考、感情、身体感覚など、今起きていることに気づくこと
- それをすぐに良い・悪いと決めつけずに見ていくこと
「今ここ」とは、過去や未来について考えてはいけないという意味ではありません。「判断しない」とは、判断力をなくすことではありません。「受け入れる」とは、問題のある状況を我慢することでもありません。そして、マインドフルネスは、いつも穏やかでいることでもありません。
今、自分に何が起きているのかに気づく。まずはそこから、マインドフルネスという言葉を捉えてみると、実践の意味も分かりやすくなります。
