「マインドフルネスを始めてみたい」と思って調べると、呼吸瞑想や歩行瞑想など、さまざまな瞑想が紹介されています。そのため、「マインドフルネスと瞑想は同じもの?」「瞑想することが、マインドフルネスなの?」と疑問に思う方もいるかもしれません。
マインドフルネスと瞑想には深い関係がありますが、まったく同じ意味の言葉ではありません。
大まかに整理すると、瞑想はさまざまな実践方法を含む広い言葉であり、マインドフルネスを培うためにも瞑想が用いられます。一方、マインドフルネスは、瞑想をしている時間だけに限られるものではありません。
この記事では、マインドフルネスとは?意味・効果・やり方をわかりやすく解説で全体像を紹介しているテーマのうち、似ているようで少し分かりにくい「マインドフルネス」と「瞑想」の関係をひもといていきます。
まず、「マインドフルネス」と「瞑想」を分けて考えてみる
最初に、それぞれの言葉を簡単に整理してみましょう。
マインドフルネスについては、研究上もさまざまな定義があります。代表的な定義の一つ(Bishopらが2004年に提案した操作的定義)では、現在の経験に注意を向けることや、そこで起きていることに好奇心や開かれた態度をもって関わることなどが重視されています。つまり、「今、自分に何が起きているのか」に気づいていることが、マインドフルネスを理解する一つの手がかりになります。そもそもマインドフルネスとは何かについては、マインドフルネスとはどういう意味?「今ここに気づく」をわかりやすく解説で詳しく扱っています。
一方、「瞑想」は一つの決まった方法を指す言葉ではありません。呼吸など特定の対象に注意を向けるものもあれば、身体感覚や思考など、移り変わる経験を観察するものもあります。慈悲や思いやりに関わる実践や、身体の動きを伴うものなどもあります。つまり、「瞑想」と呼ばれているものの中にも、さまざまな方法があります。
さまざまな実践を含む広い言葉
・呼吸などに注意を向ける実践
・経験を広く観察する実践
・慈悲や思いやりに関わる実践
・その他のさまざまな実践
その中に、マインドフルネスを培うために用いられる実践がある
今起きている経験に注意を向け、気づいていること
瞑想の中で培われることが多いが、瞑想中だけでなく、歩く・食べる・仕事をする・人と話すといった日常の中でも実践される
※両者の関係を大まかに示したイメージです。どちらかがもう一方にすっぽり含まれる、といった厳密な関係を示すものではありません。
マインドフルネスと瞑想は同義語ではありません。一方で、マインドフルネスを実践する方法として、瞑想は重要な位置を占めています。
「瞑想」は一種類ではない
「瞑想」と聞くと、静かな場所で目を閉じ、何も考えずに座っている姿を思い浮かべるかもしれません。しかし、瞑想には多様な実践があります。
たとえば、呼吸に伴う身体感覚など、特定の対象へ注意を向ける実践があります。一方で、一つの対象だけに注意を固定するのではなく、そのとき現れる身体感覚、音、思考、感情などを観察していく実践もあります。また、慈悲や思いやりに関わる実践、言葉や音を用いる実践、身体の動きを伴う実践などもあります。
研究の世界でも、こうした多様な実践をどのように分類するかについて、さまざまな考え方があります。たとえばNashとNewberg(2013)は、「瞑想」という言葉が幅広い実践に使われ、統一的な定義や分類が定まっていないことを指摘したうえで、整理のための枠組みを提案しています。ただし、これも数ある考え方の一つです。
そのため、「瞑想とは○○をするもの」と、一つの方法だけで説明することはできません。同じ「瞑想」という言葉が使われていても、実際に何をしているのかは異なることがあります。
では、「マインドフルネス瞑想」とは何だろう
「マインドフルネス」と「瞑想」が混同されやすい理由の一つが、「マインドフルネス瞑想」という言葉です。マインドフルネス瞑想では、今起きている経験に注意を向け、そこに気づいていく実践が行われます。
代表的なものの一つが、呼吸に注意を向ける実践です。呼吸に伴う身体感覚へ注意を向ける。しばらくすると、仕事のことを考えている。そのことに気づく。そして、もう一度呼吸へ注意を戻す。こうしたことを繰り返します。
ここで大切なのは、呼吸から注意がそれないようにすることではありません。注意がそれたことに気づき、再び注意を向け直すことも実践に含まれます。
呼吸瞑想の具体的な方法については、呼吸瞑想のやり方|呼吸に注意を向けるマインドフルネスの基本で詳しく紹介しています。
マインドフルネスは、瞑想中だけのものではない
マインドフルネスを学ぶために、瞑想はよく用いられます。一定の時間を取り、呼吸や身体感覚などへ意識的に注意を向けることで、自分の注意がどこに向いているのか、どのような思考や感情が生じているのかに気づく機会になります。
しかし、マインドフルネスは、座って瞑想している時間だけに限られるものではありません。
- 歩いているとき、足の裏が地面に触れる感覚に気づく。
- 食事をしているとき、味や香り、食感に注意を向ける。
- 仕事をしているとき、気づけば別のことを考えていたことに気づく。
- 誰かと話しているとき、相手の話を聞きながら、自分の中に反論したい気持ちが生まれていることに気づく。
こうした日常の中でも、今起きていることに注意を向けることはできます。
呼吸へ注意を向ける
↓
考えごとをしている
↓
それていたことに気づく
↓
呼吸へ戻る
相手の話を聞いている
↓
反論したくなる
↓
自分の反応に気づく
↓
そのまま話を聞く/返答を考える など
※気づいたからといって、いつも決まった行動につながるわけではありません。
瞑想はマインドフルネスを実践する方法の一つですが、マインドフルネスは瞑想している時間だけに限られるものではありません。
日常の実践と瞑想には、どんな違いがある?
では、日常の中で気づくことができるなら、わざわざ瞑想をする必要はないのでしょうか。
日常生活では、私たちは同時にさまざまなことをしています。仕事をしながら考える。歩きながら目的地へ向かう。会話をしながら、次に何を話すか考える。
それに対して瞑想では、一定の時間を取り、呼吸や身体感覚などに注意を向けたり、そのとき起きている経験を観察したりします。つまり、日常生活とは少し違う形で、注意や気づきそのものに目を向ける時間をつくることができます。
たとえば、呼吸瞑想をしていると、「こんなに頻繁に考えごとをしていたんだ」「同じことを何度も考えている」「音がすると、すぐそちらへ注意が向く」と気づくことがあります。
瞑想は、何か特別な状態になるためだけの時間ではなく、普段は気づきにくい自分の注意や経験の動きを観察する機会にもなります。
「瞑想できたか」を、無心になれたかで判断しない
瞑想についてよくある誤解の一つが、「考えごとをしてはいけない」「頭を空っぽにしなければならない」というものです。
実際に瞑想をしてみると、さまざまな考えが浮かびます。今日の仕事。誰かとの会話。明日の予定。昔の出来事。「ちゃんと瞑想できているのかな」という考えまで浮かぶかもしれません。
考えが浮かんだからといって、それだけで瞑想に失敗したことにはなりません。たとえば呼吸瞑想であれば、呼吸へ注意を向ける、考えごとをしていたことに気づく、呼吸へ戻る、ということを繰り返します。ここでは、「考えなかった時間の長さ」だけで実践を評価する必要はありません。
瞑想中に注意がそれることについては、瞑想中に雑念が浮かぶのはなぜ?注意がそれることとマインドフルネスで詳しく解説しています。
「集中すること」とも少し違う
マインドフルネスや瞑想について、「集中する練習」と説明されることもあります。たしかに、呼吸などに注意を向ける実践には、注意を一定の対象へ向ける側面があります。しかし、「集中できているかどうか」だけでマインドフルネスを捉えると、大切な部分が抜け落ちます。
たとえば、呼吸に注意を向けていたのに、いつの間にか考えごとをしていたとします。「集中できなかったから失敗した」と考えることもできます。しかし、マインドフルネスの実践では、「あ、考えていた」と気づいたことにも意味があります。
注意を向けることだけでなく、その注意がどこにあるのかに気づくことも、マインドフルネスの実践に含まれます。
マインドフルネスと注意・集中力の関係については、マインドフルネスで集中力は高まる?注意がそれる仕組みと研究から分かっていることで詳しく扱っています。
瞑想には、座って行うもの以外もある
「瞑想」というと、座禅のように座って行うものを想像しやすいかもしれません。しかし、マインドフルネスの実践には、身体を動かしながら行うものもあります。
たとえば歩行瞑想では、歩くという動作そのものに注意を向けます。足を持ち上げる。前へ運ぶ。地面に触れる。体重が移動する。そうした身体の感覚を観察しながら歩きます。また、ボディスキャンでは、身体のさまざまな部位へ順番に注意を向けていきます。
このように考えると、「瞑想=目を閉じて座ること」というイメージも、瞑想の一部を表しているにすぎません。
マインドフルネスを始めるなら、瞑想から始めた方がいい?
必ず瞑想から始めなければならないわけではありません。日常生活の中で、自分の注意や身体感覚、思考、感情などに気づくところから始めることもできます。
一方で、「気づくと言われても、何にどう気づけばいいのか分からない」という場合には、呼吸瞑想のように注意を向ける対象が比較的はっきりした実践から試してみると、マインドフルネスで行っていることを体験しやすくなります。
たとえば、一分程度、呼吸に注意を向けてみるだけでも、呼吸を感じている、考えごとをしている、音に注意が向いている、また呼吸へ戻る、といった注意の動きに気づくことがあります。
ここで重要なのは、一分で何かを変えようとすることではありません。短い時間でも、今、自分の注意がどこに向いているのかを見てみることです。
仕事中に短時間で行う方法については、仕事中にできる1分マインドフルネス|忙しいときの簡単な実践方法でも紹介しています。実践全体の進め方は、マインドフルネスのやり方|初心者のための実践ガイドで紹介しています。
マインドフルネスと瞑想を、無理に切り離さなくていい
ここまで、マインドフルネスと瞑想の違いを説明してきました。ただし、両者をきれいに二つに分けすぎる必要もありません。
マインドフルネスという考え方や実践は、瞑想と深く結びついて発展してきました。現代のマインドフルネスに基づくプログラムでも、さまざまな瞑想実践が用いられています。一方で、「瞑想」という言葉が指す範囲は広く、すべての瞑想がマインドフルネス瞑想というわけではありません。
研究で「mindfulness」や「meditation」という言葉が使われていても、それぞれの研究で何を実践し、何を測定しているのかは同じとは限りません。DavidsonとKaszniak(2015)も、マインドフルネスと瞑想の研究における概念上・方法論上の課題を論じています。
そのため、「マインドフルネスか、瞑想か」と二者択一で考えるより、どのような方法で、何に注意を向け、どのように経験と関わっているのかを見る方が、両者の関係を理解しやすくなります。
まとめ|マインドフルネスと瞑想は、同じではないけれど深く関わっている
マインドフルネスと瞑想は、同じ意味の言葉ではありません。
瞑想は、さまざまな実践方法を含む広い言葉です。その中には、呼吸など特定の対象に注意を向けるもの、経験を広く観察するもの、慈悲や思いやりに関わるものなど、多様な実践があります。そして、マインドフルネスを培うためにも、瞑想は広く用いられています。
一方で、マインドフルネスは瞑想中だけに限られるものではありません。歩いているとき、仕事をしているとき、人と話しているときにも、自分の注意や思考、感情、身体感覚など、今起きていることに気づくことはできます。
そのため、マインドフルネス=瞑想と考える必要も、マインドフルネスと瞑想は別物と切り離す必要もありません。
両者の関係を知ったうえで、実際に呼吸や身体感覚へ注意を向けてみると、「マインドフルネス」という言葉も、少し具体的に捉えやすくなります。
