企業がマインドフルネス研修を導入するとき、よく挙げられる目的の一つが「ストレス対策」です。

忙しい仕事の合間に呼吸へ注意を向ける。自分の心や身体の状態に気づく。反射的に反応する前に、一度立ち止まる。こうした実践を学ぶことには意味があります。

実際、職場で行われるマインドフルネスに基づく介入については、ストレスやメンタルヘルス、ウェルビーイングなどへの効果を検討した研究が数多く行われています。

POINT

しかし、企業でマインドフルネスを活用するときには、もう一つ考えておきたいことがあります。それは、「個人が自分を整えること」だけで、研修を終わらせてよいのかということです。

職場で起きているストレスやコミュニケーションの問題は、本人の心の状態だけから生まれているわけではありません。

上司と部下の関係。チームのコミュニケーション。仕事量や役割。意思決定の仕方。会議のあり方。職場でいつの間にか「当たり前」になっている行動。さまざまな条件が重なり合っています。

POINT

だからこそ、企業におけるマインドフルネス研修も、自分に気づくことを入口にして、他者との関わりやチーム、組織へと視野を広げていくという設計が考えられます。

企業のマインドフルネス研修では、何が行われているのか

企業向けのマインドフルネス研修には、さまざまな形があります。

呼吸瞑想やボディスキャンなどの実践を行うもの。ストレスについて学び、自分の状態を観察するもの。集中力や注意について学ぶもの。感情との付き合い方やセルフコンパッションを扱うもの。短時間のセミナーから数週間にわたるプログラムまで、実施方法もさまざまです。具体的な実践方法については、マインドフルネスのやり方|初心者のための実践ガイドでも紹介しています。

こうした職場でのマインドフルネス介入については、多くの研究が行われています。2023年に発表されたシステマティックレビューとメタ回帰分析では、91件の研究が対象となり、マインドフルネスに基づく、あるいはマインドフルネスを取り入れた職場介入について、ストレス、メンタルヘルス、ウェルビーイング、身体的健康、仕事に関連する指標などが検討されました。

全体として複数の領域で改善が報告されていますが、研究間のばらつきやバイアスの可能性もあり、長期的な効果については十分に分かっていない点があります。

POINT

つまり、企業でマインドフルネスを行うことには一定の研究的な裏づけがある一方、何にでも効果がある万能な方法ではないと考えるのが適切です。

セルフケアを学ぶことには意味がある

企業研修でセルフケアを扱うこと自体に問題があるわけではありません。むしろ、自分の状態に気づくことは重要です。

「今日はいつもより焦っている」「身体にかなり力が入っている」「同じことを何度も考えている」「疲れているのに、そのまま仕事を続けようとしている」こうした状態は、本人が気づかなければ、そのまま過ぎてしまうことがあります。

マインドフルネスの実践を通して、自分の思考、感情、身体感覚などに注意を向けることで、今の状態に気づきやすくなることがあります。

そこから、少し休む。仕事の優先順位を見直す。誰かに相談する。一度席を離れる。すぐに返信せず、少し考えてから返す。といった選択肢が生まれることもあります。

WHOの職場のメンタルヘルスに関するガイドラインでも、マインドフルネスや認知行動的アプローチなど、ストレス管理のスキルを高める個人向け介入は、労働者のポジティブなメンタルヘルスを促進し、心理的苦痛を軽減するための選択肢として位置づけられています。ストレスとマインドフルネスの基本的な関係については、ストレスとマインドフルネス|仕組み・効果・付き合い方をわかりやすく解説で扱っています。

POINT

セルフケアは、企業におけるマインドフルネス活用の重要な一つの領域です。

ただし、職場の問題を「個人の心の問題」にしない

問題になるのは、セルフケアそのものではありません。本来は仕事や組織に働きかける必要がある問題まで、個人のセルフケアだけで解決しようとすることです。

たとえば、慢性的に仕事量が多い職場があるとします。そこで、「ストレスを感じたら呼吸に注意を向けましょう」と伝えるだけでは、仕事量そのものは変わりません。

役割が曖昧で、誰が何を判断するのか分からない職場で、「考えすぎないようにしましょう」と伝えても、役割の曖昧さは残ります。

上司に意見を言いにくい職場で、「感情に反応せず、落ち着いて受け止めましょう」とだけ伝えれば、本来は見直す必要のある関係性まで、本人が適応すべき問題になってしまう可能性があります。

注意点

マインドフルネスは、働きにくい環境に耐え続けるための技術ではありません。

職場ストレスがどのような要因から生まれるのかについては、職場ストレスはなぜ生まれる?個人と組織の両面から考えるで詳しく扱っています。

POINT

個人への働きかけが必要な場面もあれば、仕事量、役割、関係性、制度、組織文化などに働きかける必要がある場面もあります。

WHOも「個人への介入」だけを考えているわけではない

この点は、職場のメンタルヘルスに関する国際的な考え方とも一致します。WHOの「Guidelines on mental health at work」では、職場のメンタルヘルスに対する介入を、個人向けのストレス管理だけでは捉えていません。

組織的介入、管理職への研修、従業員への研修、個人向け介入などを分けて扱い、それらを独立して実施するよりも、包括的な職場の健康施策の中に組み込むことが望ましいとしています。

組織的介入では、心理社会的リスクを評価し、仕事量や勤務時間、コミュニケーション、チームワークなど、働く条件そのものへ働きかけることが想定されています。一方、マインドフルネスなどの個人向け介入は、ストレスを管理するスキルを高める方法として位置づけられています。

POINT

つまり、個人にできることと、組織が変えるべきことは、役割が違うということです。どちらか一方を選ぶのではなく、両方を見る必要があります。

マインドフルネス研究も、個人レベルに偏ってきた

マインドフルネスと仕事についての研究そのものにも、似た傾向があります。2023年に発表されたレビューでは、2003年から2022年までのマインドフルネスと仕事に関する217本の論文が整理されました。

その結果、研究は大きく増えてきた一方、その発展は均等ではなく、特に個人レベルのマインドフルネスについて多く研究されてきたことが指摘されています。

健康や仕事のパフォーマンスについては比較的多くの研究がありますが、チーム・マインドフルネスや、個人・チーム・組織という異なるレベルがどのように関係するのかについては、今後さらに研究が必要な領域とされています。

POINT

これは重要な点です。「個人がマインドフルになる」ことと、「チームや組織が変わる」ことは、同じではありません。個人に効果が認められたからといって、それだけでチームのコミュニケーションが改善したり、組織文化が変わったりすると結論づけることはできません。

では、企業研修でどこまで扱えばよいのか

ここまで見てきたように、マインドフルネスと仕事に関する研究は、個人レベルを中心に蓄積されてきました。ただし、研究で確認されている効果の範囲と、企業研修の中で何を振り返り、考えるかは別の問題です。

たとえば、マインドフルネスの実践によって、「自分は今、焦っている」ことに気づいたとします。これは、自分自身の状態への気づきです。

そこからさらに、「焦ると、相手の話を最後まで聞かずに答えている」ことに気づくかもしれません。さらに、「自分が急いで指示を出すと、部下は自分で考える前に確認に来る」という関係が見えてくることもあります。

自分の状態
自分の行動
相手との関わり
繰り返される関係のパターン

すると、自分の状態→自分の行動→相手との関わり→繰り返される関係のパターンへと、見える範囲が広がっていきます。

POINT

マインドフルネスを組織開発そのものと考える必要はありません。しかし、自分自身への気づきを、他者との関係や職場で起きていることを見る入口にすることはできます。

「自分に気づく」から「関係性に気づく」へ

たとえば、ある管理職が、「部下がなかなか自分で判断してくれない」と感じていたとします。そのため、細かく指示を出します。

部下は、「自分で決めるより、上司に確認した方が安全だ」と考えるようになります。さらに確認が増えます。

管理職は、「やっぱり任せられない」と感じ、さらに細かく指示を出します。

管理職が細かく指示する
部下が自分で判断しなくなる
管理職が「任せられない」と感じる
さらに細かく指示する
↻ このパターンが繰り返される

こうして、管理職が細かく指示する→部下が自分で判断しなくなる→管理職が任せられないと感じる→さらに細かく指示するという循環が生まれます。

注意点

ここで、「管理職が悪い」「部下に主体性がない」と誰か一人に原因を求めると、この循環は見えにくくなります。

まず自分の反応に気づく。そして、「自分の行動は、相手の行動とどのようにつながっているだろう」と視野を広げてみる。

POINT

ここから、マインドフルネスと組織開発の接点が見えてきます。詳しくはマインドフルネスと組織開発|「個人を整える」から「関係性と組織を見る」へで扱っています。

気づいただけでは、職場は変わらない

もう一つ大切なのは、気づくこと自体をゴールにしないことです。

「自分は焦ると相手の話を聞けなくなる」と気づいた。「チームでは、失敗したときに原因を話し合うより、誰の責任かを探す傾向がある」と気づいた。「会議では、いつも同じ人しか発言していない」と気づいた。これだけでも意味はあります。

POINT

しかし、気づいただけで仕事の進め方が変わるとは限りません。そこで必要になるのが、対話と行動です。

たとえば、「最近、会議で発言する人が偏っているように感じるけれど、みんなはどう感じているだろう」と話してみる。上司が答えを言う前に、部下へ、「あなたはどう考えている?」と聞いてみる。

会議の進め方を一度変えてみる。役割分担を見直してみる。そして、実際に何が起きたのかを見る。

気づく
対話する
試してみる
起きたことを見る
また考える
↻ この循環を続ける

研修で得た気づきを職場につなげるには、気づく→対話する→試してみる→起きたことを見る→また考えるという循環が重要になります。

「正しい行動」を教える研修にもしない

ただし、ここでも注意が必要です。「マインドフルになったら、相手の話をよく聞きましょう」「管理職は部下に任せましょう」「会議では全員に発言してもらいましょう」という正解を研修で教えればよいわけではありません。

組織では、同じ行動でも状況によって意味が変わります。

緊急時には、管理職が素早く判断した方がよい場合もあります。経験の浅い人には、細かな指示が必要なこともあります。じっくり対話するより、まず行動する必要がある場面もあります。

POINT

大切なのは、「こうするのが正しい」と覚えることではなく、今この状況で何が起きているのかを見ながら、より適切な行動を選ぶことです。

マインドフルネスによる「気づき」は、そのための土台の一つになります。

他者との関わりに影響する可能性も研究されている

マインドフルネス研究では、個人のストレスやウェルビーイングだけでなく、他者への行動についても研究されています。

2019年のシステマティックレビューとメタ分析では、31研究、17,241人を対象に、マインドフルネスと向社会的行動(他者や社会に利益をもたらす行動)との関係が検討されました。

全体として、マインドフルネスと向社会的行動との間には正の関連が報告され、介入研究でも一定の効果が示されています。一方、著者らは、どのような仕組みでその効果が生じるのか、どのような状況で強く現れるのかについては、さらに研究が必要だとしています。

注意点

したがって、「マインドフルネス研修をすれば、人間関係がよくなる」と単純に言うことはできません。

ただ、マインドフルネスの影響を、本人の心の状態だけではなく、他者との関わりまで含めて研究しようとする動きがあることは確かです。

企業研修だからこそ、「職場へ戻ったあと」を考える

研修中に、「すっきりした」「リラックスできた」「自分の状態に気づけた」と感じることには意味があります。しかし、企業研修として考えるなら、もう一つ重要な問いがあります。

研修が終わって職場へ戻ったあと、何が起きるのか。

いつもの会議へ戻る。いつもの上司や部下と話す。メールやチャットが届く。納期に追われる。意見の違う人と仕事をする。そこで、研修中に得た気づきがどのように使われるのか。

POINT

企業研修では、この「職場へ戻ったあと」まで考えてプログラムを設計することが重要です。

そのためには、瞑想を体験して終わるのではなく、自分の仕事を振り返る。他者との関わりを振り返る。参加者同士で対話する。職場で試してみたい行動を考える。その後、実際に何が起きたかを振り返る。といったプロセスを組み合わせることが考えられます。

マインドフルネス研修を、組織の問題を個人に戻す場にしない

企業が従業員のウェルビーイングを考え、マインドフルネス研修を実施する。そのこと自体には大きな意味があります。

しかし、過剰な仕事量がある。相談できない職場風土がある。役割が曖昧である。意思決定が一部の人に集中している。ハラスメントがある。

注意点

そうした問題があるにもかかわらず、「まずは自分の心を整えましょう」だけで終わってしまえば、組織の問題を個人へ戻してしまうことがあります。これは、マインドフルネスの役割を狭くしてしまうことにもなります。

個人

自己への気づき/セルフケア/感情や反応への気づき

組織・職場

仕事量/役割/関係性/意思決定/制度/組織文化

POINT

どちらか一方ではなく、両方を見る。

自分の状態に気づいたからこそ、「なぜ私はこれほど疲れているのだろう」「なぜこの会議では意見を言いにくいのだろう」「なぜこのチームでは同じ問題が繰り返されるのだろう」と、環境へ問いを広げることもできます。

内側を見ることと、外側を見ることは対立しません。自分への気づきを深めることが、関係性や職場を見る入口になることもあります。

企業のマインドフルネス研修をどう設計するか

企業でマインドフルネスを扱うなら、研修の目的によって設計は変わります。

ストレスケアが主な目的であれば、自分の状態への気づきやセルフケアを中心にすることができます。

集中力がテーマであれば、注意の働きや、注意がそれたことに気づいて戻る実践を中心にできます。この点については、マインドフルネスで集中力は高まる?注意がそれる仕組みと研究から分かっていることでも取り上げています。

コミュニケーションがテーマなら、自分の感情や反応に気づくことから、相手をどのように見ているか、どのように聞いているかへと広げることができます。

管理職研修であれば、自分の反応だけでなく、自分の行動が部下やチームにどのような影響を与えているかを考えることもできます。

そして組織開発まで視野に入れるなら、個人への気づきを入口として、自分→他者との関係→チーム→組織へと、少しずつ視野を広げていくことができます。

POINT

すべてのマインドフルネス研修で組織開発まで扱う必要はありません。重要なのは、何のために研修を行うのかに応じて、どこまでを扱うのかを設計することです。

まとめ|「自分を整える」から、その先へ

企業におけるマインドフルネス研修で、自分の状態に気づき、ストレスへの対処方法を学ぶことには意味があります。研究でも、職場でのマインドフルネス介入について、ストレス、メンタルヘルス、ウェルビーイングなどへの効果が検討されています。

しかし、職場で起きている問題のすべてを、個人の心の整え方で解決することはできません。

仕事量。役割。人間関係。意思決定。チームで繰り返されるパターン。組織文化。こうしたものにも目を向ける必要があります。

だからこそ、企業のマインドフルネス研修には、自分に気づく→他者との関わりに気づく→チームや職場で起きていることに気づく→対話する→行動を試す→起きたことを振り返るという広がりを持たせることができます。

大切な区別

マインドフルネスと組織開発は、同じものではありません。マインドフルネスを実践すれば、自動的に組織が変わるわけでもありません。

それでも、自分自身に起きていることへの気づきは、「私に何が起きているのか」から、「私たちの間で何が起きているのか」へ問いを広げていく入口になります。

企業のマインドフルネス研修をセルフケアで終わらせないとは、セルフケアを否定することではありません。自分への気づきを出発点に、その人が働いている関係性や組織まで視野を広げていくこと。

POINT

そこに、企業でマインドフルネスを活用する、もう一つの可能性があります。