「もっと相手の話を聞いたほうがいい」職場のコミュニケーションについて、このように言われることがあります。確かに、相手の話を聞くことは大切です。
しかし、相手が話している間、私たちは本当に相手の話だけを聞いているのでしょうか。
- 「それは違うと思う」
- 「次にこれを言おう」
- 「また同じ話をしている」
- 「早く結論を言ってほしい」
相手の話を聞きながら、頭の中ではさまざまなことを考えています。ときには、相手が話し終わる前から、自分の答えを準備していることもあります。
マインドフルネスをコミュニケーションに生かすというと、「相手の話に集中すること」や「丁寧に傾聴すること」をイメージするかもしれません。仕事の中でマインドフルネスがどのように関わるのかについては、仕事とマインドフルネス|働く中で「気づくこと」は何を変えるのかでも紹介しています。もちろん、それも関係します。ただ、それだけではありません。
相手に注意を向けながら、自分の中で何が起きているのかにも気づく。この記事では、この視点からマインドフル・コミュニケーションについて考えます。
相手の話を聞くとき、自分の中では何が起きている?
二人が話している場面を考えてみましょう。一人が話し、もう一人が聞いています。外から見ると、とても単純です。しかし、実際には二人の間で、もっと多くのことが起きています。
- 話している内容
- 声の調子
- 表情
- 間の取り方
- 相手の反応
- そして、それを受け取った自分の中に生まれる感情や思考
たとえば、部下から、「この仕事、予定より遅れそうです」と言われたとします。その瞬間、「なぜもっと早く言わなかったのか」と思うかもしれません。焦りを感じるかもしれません。身体に力が入るかもしれません。そして、「どうして今まで報告しなかったの?」と言いたくなるかもしれません。
相手の言葉を聞いたあと、私たちの中では、こうした反応が短い時間の中で起きています。
コミュニケーションを見るときには、相手が何を言ったかだけではなく、その言葉を受け取った自分に何が起きたのかを見ることもできます。
「聞いている」と「受け取っている」は、少し違う
相手が話している間、黙っていれば「聞いている」ように見えます。しかし、頭の中では、以下のようなことが起きていることがあります。
- 反論を考えている
- 評価している
- 自分の経験と比べている
- 次に何を言うか考えている
これは特別なことではありません。人は、入ってきた情報を、それまでの経験や知識と結びつけながら理解しています。
問題は、そうしたことが起きることではなく、自分がそうしていることに気づかないまま、相手の話を理解したつもりになることです。
たとえば、「この人はいつも言い訳をする」と思っている相手から説明を聞けば、その言葉を「また言い訳をしている」と受け取るかもしれません。実際に言い訳なのかもしれませんが、そうではないかもしれません。
大切なのは、「私は今、この人の話を『言い訳』として聞いている」と、自分の受け取り方にも気づけることです。
相手の話を聞きながら、自分にも気づく
マインドフルネスの実践では、呼吸や身体感覚などに注意を向けながら、思考や感情が起きたことにも気づきます。同じように、人と話しているときにも、自分の中で起きていることに気づくことができます。たとえば、「反論したくなっている」「少しイライラしている」「早く話を終わらせたいと思っている」「この人は間違っている、と決めつけ始めている」といったことです。
相手へ注意を向けながら自分の状態にも気づくという働きは、仕事の中で注意がそれる仕組みとも関係します。仕事に集中できないのはなぜ?マインドフルネスと注意の切り替えでも扱っています。
ここで重要なのは、「イライラしてはいけない」「判断してはいけない」と自分を抑えることではありません。
まず、「今、自分にはこういう反応が起きている」と気づくことです。
気づいたからといって、感情が消えるわけではありません。それでも、自分の反応に気づかないまま言葉にする場合と、気づいたうえで話す場合では、次に取れる行動の幅が変わることがあります。
「反応しない」のではなく、「反応する前に気づく」
マインドフルネスについて、「反応しないことが大切」と説明されることがあります。しかし、人と関わっていれば、反応は起きます。
- 腹が立つこともあります
- 不安になることもあります
- 嬉しくなることもあります
- 意見を言う必要があることもあります
大切なのは、反応そのものをなくすことではありません。
たとえば、相手の発言を聞く。腹が立つ。言い返したくなる。ということが起きたとします。そのとき、「今、私は言い返したくなっている」と気づく。そのうえで、以下のような選択肢があります。
- すぐに言う
- 少し待ってから言う
- 質問する
- 確認する
- 何も言わず、もう少し聞く
気づけば必ず「正しい対応」ができるわけではありません。ただ、刺激を受けてそのまま反応する以外の可能性に気づきやすくなります。
相手の話を「最後まで聞く」だけでは足りないこともある
コミュニケーション研修では、「相手の話を最後まで聞きましょう」と言われることがあります。それ自体は大切です。しかし、最後まで黙って聞いたからといって、必ず相手を理解できるわけではありません。
相手の話を聞きながら、「結局、この人が悪い」と思っているかもしれません。「自分の意見のほうが正しい」と考えているかもしれません。相手が話し終わるのを待ちながら、反論を組み立てていることもあります。
だからこそ、「私は今、どのようにこの人の話を聞いているのだろう」という問いが重要になります。
相手だけを見るのではなく、相手を見ている自分にも気づく。それが、マインドフルネスからコミュニケーションを見る一つの特徴です。
「相手の立場になる」とは、相手と同じ意見になることではない
コミュニケーションでは、「相手の立場に立つ」という言葉もよく使われます。しかし、相手の立場を理解しようとすることと、相手の意見に賛成することは同じではありません。
たとえば、自分とはまったく違う意見を持っている相手でも、「この人から見ると、なぜそう見えるのだろう」と考えることはできます。
心理学では、他者の視点から状況を捉えようとすることを「視点取得(perspective taking)」と呼びます。
これは、「相手が正しい」と認めることではありません。自分の見方だけを唯一の見方とせず、相手には相手から見えている世界があることを考えてみるということです。
マインドフルネスと他者への視点取得との関係についても研究が進められていますが、ここでも「マインドフルネスをすれば他者理解が高まる」と単純に考えることには注意が必要です。
コミュニケーションでは、「間」も起きている
職場で同じようなやりとりが繰り返されることがあります。たとえば、上司が部下に、「もっと自分で考えてほしい」と思っているとします。
このとき、「部下が自分で考えない」という個人の問題だけを見ることもできます。しかし、やりとり全体を見ると、上司がすぐ答えることと、部下が確認することが、お互いに影響しながら繰り返されているとも考えられます。
コミュニケーションは、一人の中だけで完結していません。自分の言葉が相手に影響し、相手の反応がまた自分に影響します。
だからこそ、「相手の何が問題なのか」だけではなく、「私たちの間で、何が繰り返されているのだろう」と見ることができます。こうしたパターンを関係性や組織の視点から見ることについては、マインドフルネスと組織開発|「個人を整える」から「関係性と組織を見る」へでも詳しく扱っています。
「伝え方」を変えるだけでは、変わらないこともある
コミュニケーションの問題が起きると、「もっと丁寧に伝える」「言い方を変える」「傾聴する」といった方法が考えられます。もちろん、それが役立つ場面もあります。しかし、同じやりとりが繰り返されている場合、言葉遣いだけを変えても状況が変わらないことがあります。
たとえば、部下が意見を言わないチームで、「もっと自由に意見を言ってください」と伝えたとします。それでも意見が出ない。その背景には、以下のような関係や経験があるかもしれません。
- 過去に意見を否定された経験がある
- 上司がいつも最初に答えを言う
- 反対意見を言うと話が長くなる
- 発言しても結局決定には影響しない
この場合、問題は「伝え方」だけではありません。コミュニケーションを見ることは、言葉だけではなく、その言葉が交わされている関係や環境を見ることでもあります。
マインドフルネスと対人行動について、研究では何が分かっているのか
マインドフルネスと、他者への援助や協力などの対人行動との関係についても研究されています。
Donaldらが2019年に発表したメタ分析では、31研究、17,241人を対象に、マインドフルネスと向社会的行動との関係が検討されました。
ここでいう向社会的行動とは、他者や社会に利益をもたらす行動を指します。
分析では、マインドフルネスと向社会的行動との間に肯定的な関連が報告され、マインドフルネス介入を扱った研究でも一定の効果が示されました。一方、研究者らは、その関係を生み出す仕組みや、どのような状況で効果が現れやすいのかについて、さらなる研究が必要だとしています。
また、その後の研究では、マインドフルネスの対人行動への影響が、個人の自己観や社会的な文脈によって異なる可能性も示されています。
したがって、「マインドフルネスをすれば、思いやりのある人になる」と単純に結論づけることはできません。
マインドフルネスと対人関係の研究は広がっていますが、個人の内面に対する研究と比べると、まだ検討すべきことが多く残されています。
マインドフルネスだけで、コミュニケーションの問題は解決しない
ここまで、自分の反応に気づくことや、相手との間で起きていることを見ることについて考えてきました。しかし、職場のコミュニケーションの問題を、マインドフルネスだけで解決できるわけではありません。
たとえば、以下のような問題がある場合、
- 上司に反対意見を言うと評価が下がる
- 情報が一部の人にしか共有されない
- 部署同士の役割が曖昧で、対立が起きている
- ハラスメントが起きている
- 会議で発言しても意思決定に反映されない
「もっとマインドフルに聞きましょう」だけでは不十分です。役割や制度、権限、意思決定の仕組み、組織文化などを見直す必要がある場合もあります。
マインドフルネスは、こうした構造的な問題を個人のコミュニケーション能力へ戻すためのものではありません。
個人の気づきをセルフケアで終わらせず、組織的な取り組みへつなげる視点については、企業のマインドフルネス研修を「セルフケア」で終わらせないためにでも扱っています。
職場で試すなら、「上手に話す」より前に
マインドフル・コミュニケーションというと、特別な話し方を覚える必要があるように感じるかもしれません。しかし、まず試せることはとてもシンプルです。
誰かと話しているときに、以下のように、自分の反応にも少し注意を向けます。
- 「今、自分は何を考えているだろう」
- 「どんな感情が起きているだろう」
- 「何を言いたくなっているだろう」
- 「相手の話を、どのように受け取っているだろう」
そして必要であれば、以下のようなこともできます。
- 「私はこう理解したのですが、合っていますか?」と確認する
- すぐに答えず、もう一つ質問する
- 相手が話し終わるまで待つ
- 自分の解釈と、実際に相手が言ったことを分けてみる
こうした短い確認は、仕事中にできる1分マインドフルネス|忙しいときの簡単な実践方法で紹介している実践とも重なります。また、自分の思考や受け取り方そのものに気づく働きについては、メタ認知とは?マインドフルネスとの関係をわかりやすく解説で詳しく扱っています。
これは、「正しいコミュニケーションの型」を守るためではありません。自分と相手の間で、今何が起きているのかを見るためです。
まとめ|相手を聞くことと、自分に気づくこと
コミュニケーションでは、相手の話を聞くことが大切です。しかし、私たちは相手の言葉をそのまま受け取っているわけではありません。聞きながら、以下のようなことが起きています。
- 考える
- 判断する
- 感情が動く
- 自分の経験と結びつける
- 次に何を言うか考える
だからこそ、マインドフル・コミュニケーションでは、相手に注意を向けることと、自分の中で起きていることに気づくことの両方を大切にします。
そして、さらに視野を広げれば、「相手はなぜこうするのか」だけではなく、「私たちの間では、何が起きているのだろう」と見ることができます。
マインドフルネスは、コミュニケーションの正解を教えるものではありません。相手の話を聞きながら、自分自身にも気づく。そして、自分と相手の「あいだ」で起きていることを見る。それが、マインドフルネスを対話へつなげて考える一つの入口になります。
マインドフルネスの基本的な実践方法については、マインドフルネスのやり方|初心者のための実践ガイドで紹介しています。
