部下から想定外の報告を受けて、思わず「それは違う」と言いたくなる。大きな投資をしてきたプロジェクトだから、もう難しいと分かっていても撤退を決めにくい。逆に、不安が強くて、本来なら試してみてもよい案を早い段階で却下してしまう。
仕事の意思決定では、数字や事実だけでなく、怒り、不安、期待、焦り、悔しさなど、さまざまな感情が同時に動いています。
ここで大切なのは、「感情があるから判断が悪くなる」と単純に考えないことです。感情は判断に影響しますが、その影響はいつも同じ方向に働くわけではありません。
感情は意思決定を邪魔するのか?
「合理的な判断」と聞くと、感情を排除して、事実だけを冷静に比較するイメージがあるかもしれません。しかし、心理学の研究では、感情は意思決定から切り離された「ノイズ」ではなく、私たちが何に注意を向け、何を重要だと感じ、どの程度のリスクを取るかにも関わることが示されています。
だからといって、「感情に従えばよい」ということでもありません。強い感情によって一部の情報だけに注意が向いたり、今の案件とは直接関係のない感情が判断へ入り込んだりすることもあります。
感情は、判断を邪魔するだけのものでも、常に正しい答えを教えるものでもありません。判断に影響する要素の一つとして、自分がどんな感情の中で考えているのかに気づくことが重要です。
感情が判断に影響する二つのかたち
意思決定研究では、感情が判断に関わるとき、その感情が「いま判断しようとしている対象そのものから生じている場合」と、「別の出来事から生じた感情が持ち込まれている場合」を分けて考えることがあります。
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リスクや準備不足について考えるきっかけになることがある
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本来とは関係のない感情が判断へ影響することがある
前者の感情には、判断しようとしている状況についての手がかりが含まれることがあります。一方、後者では、感情の原因と現在の判断対象が別であるにもかかわらず、その影響を受ける可能性があります。
実際の仕事では、この二つがきれいに分かれるとは限りません。だからこそ、「今のこの感情は、何に対して生じているのだろう」と一度確認することに意味があります。
「ネガティブな感情」は、同じように判断へ影響するわけではない
「ネガティブな感情があると判断を誤りやすい」と一括りにするのも正確ではありません。たとえば、不安や恐れと、怒りでは、同じ「嫌な感情」でも判断への影響が異なることがあります。
LernerとKeltner(2001)の研究では、恐れを感じている人はリスクを高く見積もり、より慎重な選択をする傾向がみられた一方、怒りを感じている人では、リスクを低く見積もり、よりリスクを取る選択がみられました。
大切なのは、感情をポジティブ・ネガティブだけで分けず、どの感情が、どのような見方を強めているかを見ることです。
もちろん、感情だけで判断が決まるわけではありません。ただ、「今は不安だから慎重になっているのかもしれない」「怒っていることで、自分の見通しを強く信じすぎていないか」と考える視点は、判断を見直す手がかりになります。
仕事の判断でも、感情と事実・解釈は混ざりやすい
たとえば、部下から期限に間に合わないという報告を受けたとします。その瞬間に「無責任だ」と感じ、強い苛立ちが生じたとしても、そこにはいくつか異なるものが含まれています。
この三つは、実際には短い時間の中で重なって起こります。自分にとっては「無責任だから腹が立つ」という一つのまとまりとして感じられるかもしれません。
しかし、判断するときには、何が確認できている事実で、何が自分の解釈で、どんな感情が生じているのかを少し分けてみることができます。分けることは、感情を無視することではありません。むしろ、感情も含めて、判断材料を見えやすくするための整理です。
マインドフルネスでは、感情を判断から切り離そうとしない
マインドフルネスでは、「怒ってはいけない」「不安をなくしてから判断しよう」とは考えません。まず、「今、腹が立っている」「焦りがある」「この案件を失敗だと認めたくない気持ちがある」と、自分の中で起きていることに気づきます。
そのうえで、その感情から少し距離をとりながら、ほかの情報にも注意を広げていきます。これは、感情を押し込めたり、無理に冷静になったりすることとは違います。
感情に飲み込まれるとき、心の中では何が起きている?で扱ったように、感情があることと、その感情に完全に巻き込まれていることは同じではありません。判断の場面でも、この違いが一つのポイントになります。
判断するときに確認したい4つのこと
重要な判断をするとき、感情を排除しようとする代わりに、次のような問いから整理することができます。
- 今、どんな感情がある?
怒り、不安、期待、焦り、悔しさなど、まず今の状態を言葉にしてみます。 - その感情は、何に対して生じている?
今判断しようとしている案件そのものなのか、別の出来事から持ち込まれたものなのかを確認します。 - 確認できている事実と、自分の解釈は何?
「起きたこと」と「それをどう意味づけているか」を分けます。 - 感情も含めて見たうえで、今何を優先したい?
目的、影響、リスク、関係する人、自分が大切にしたいことを踏まえて選択肢を見直します。
この問いに答えれば、必ず正しい判断ができるわけではありません。意思決定には、情報不足や時間制約、立場の違いなども影響します。ただ、自分の感情が判断のどこに入り込んでいるかに気づくことで、少なくとも「感情に気づかないまま決める」状態から一歩離れることはできます。
研究では何が分かっている?
感情と意思決定の関係は、長年にわたって研究されてきました。一方、マインドフルネスが仕事上の意思決定をどこまで改善するかについては、まだ限定的な知見しかありません。
Lernerら(2015)は、約35年にわたる感情と意思決定研究をレビューし、感情は判断や選択に広く影響し、その影響は予測可能なパターンを持つ一方、状況によって有害にも有益にもなり得ると整理しています。感情を「合理性の反対」とみなすのではなく、意思決定の一部として扱う必要があることを示す研究領域です。
Hafenbrackら(2014)は、4つの研究を通して、マインドフルネスとサンクコスト・バイアスの関係を検討しました。短い呼吸瞑想を行った実験では、すでに費やした回収不能なコストに引きずられにくい判断がみられ、過去や未来への注意が弱まることやネガティブ感情の低下が、その関連に関与していました。
WilliamsとPolito(2022)は、職場サンプルと実験室サンプルを用いて、短いマインドフルネス瞑想がサンクコスト・バイアスなどを低減するかを検討しましたが、バイアスに関する予測は支持されませんでした。研究者らは、職場におけるマインドフルネスの効果について、一般に語られる期待と実証的な知見を区別する必要があると指摘しています。
したがって、「マインドフルネスをすれば良い意思決定ができる」と結論づけることはできません。一方で、自分の注意や感情の状態に気づくことが、判断の前提を見直すきっかけになるという考え方には、感情研究や一部の意思決定研究との接点があります。
感情を抑えるより、「どう関わっているか」を見る
仕事では、感情を表に出さないことが「冷静さ」と受け取られることがあります。しかし、表に出さなくても、感情が判断に影響していないとは限りません。
大切なのは、感情をなくすことではなく、「今の怒りは何を強く見せているのか」「この不安によって、可能性を狭く見ていないか」「この悔しさが、撤退しにくさにつながっていないか」と、感情と判断の関係を見ることです。
感情を無視するのでも、感情だけで決めるのでもなく、感情があることに気づいたうえで、事実・解釈・目的・選択肢をあらためて見る。それが、仕事の判断にマインドフルネスを活かす一つの方法です。
まとめ|感情に気づいたうえで、判断を選び直す
感情は、意思決定を邪魔するだけのものではありません。何を重要と感じているかを知らせることもあれば、判断対象とは別の感情が入り込み、見方を偏らせることもあります。また、同じネガティブな感情でも、恐れと怒りではリスクの捉え方が異なることがあります。
マインドフルネスでは、感情を消してから判断するのではなく、まずその感情に気づきます。そのうえで、事実と解釈を分け、目的や他の選択肢にも注意を広げます。
感情がある状態でも、自分が何に影響され、何を根拠に判断しようとしているのかを見ることができる。その気づきが、仕事の中で判断を選び直すための一つの土台になります。
